ネクストビジョン ありまです。
ここ最近、従来の「うつ病」とはまったく違うタイプの「新型うつ」が、若い世代を中心に急増していると聞きます。
その原因として「よい子症候群」「緊密な親子関係」というのが挙げられるらしく、特に「ほめられすぎて育った若者」が社会人となってすぐに発病することが多いそうです。
いわゆる「ほめて伸ばす」という教育法には落とし穴があるようです。
「ほめて伸ばす」は、私が教育者であった十数年まえまではとても効果のある教育方法とされていました。ですが、それは当時の若者たちは「ほめられる機会に恵まれていなかった」から効果的だったのではないかなと思います。
それが今ではどうでしょう? 親も、学校の先生も、「ほめる」「ほめる」のオンパレードです。
テストでちょっといい点をとって「すごいすごい」とほめられ、ちょっと絵を描いたら「上手上手!」とほめられ、運動会の徒競走で最下位だったとしても「よく最後まで頑張った!」とほめられまくりです。
これでは、「ほめられるのが当たり前」になっていて、「ほめられたいから頑張ろう」という目標にはなくなってしまっています。
例えが良くないかもしれませんが、動物に芸を仕込むのに、いい働きをしたときに限って“エサ”を与えれば効果的ですが、四六時中“エサ”を与えていていい芸を身に付けれるわけがありません。
ちなみに今、私には小学1年生の娘がいます。
学校から持ち帰るテストが100点続きで、親からすれば「この子はできる」と思い込んで「よくがんばった!」とほめてやっていました。
ところが、よく聞いてみると全員100点なのです。先生に答案を持っていけば、間違えているところを指摘される。それを手直しして○になる。よって全員100点になる。そんなテストだとか。
さらにびっくりしたのは通知表で、今は2段階しかなくて「ふつう」と「できる」。そして全員が「できる」になっているのです。(※高学年から3段階になるらしいが…。)
低学年から日常的に「ほめて伸ばす」教育を学校全体がシステム的に行っているわけです。
こうしてほめられ慣れた子ども達を日々生産しているようです。
私は、「ほめて伸ばす」やり方は今となっては手抜き教育じゃないかと思います。なぜなら、言って聞かせてやる気にさせるよりも、ほめてやる気にさせるほうがさほど手がかからないからです。
言って・聞かせて・解からせて・行動させるというのは先生としての真の技量が問われるほど大変なことですが、ほめて・やる気にさせて・動かすやりかたは人格的にも未熟な先生でも簡単にできてしまいます。
でもこれは「ステロイド剤」と同じで、いつかは効果がなくなってしまうやり方ですよね。「ほめて動かす」というのは、ここぞというときにしか使わないからこそ効果がある薬と同じなんじゃないでしょうか。
プロゴルファーの横峯さくらさんの叔父で、TVで大きく取り上げられ話題になった「ヨコミネ式」教育法の、横峯吉文さんの著書、『天才は10歳までにつくられる』にも、「子どもをほめるな」とはっきり述べられています。「ほめる」のではなく「認める」のだとか。
講談社現代新書から、伊藤 進さん著の「ほめるな」という本も人気があるほど。
伊藤さんによれば「ほめる」は「生きる力」をつけられなくなるのだとか。
社会人になるまでに学校や家庭で日常にほめられ、ほめられることに慣れてきた若者たちが、昨今、社会人となって、厳しい現実を知ることになります。
上司やお客様はよほどのことがなければほめてはくれません。「できて当たり前のことはほめられない。ほめられるのはよっぽどの時」これが社会の常識です。このギャップの大きさが「新型うつ」と呼ばれる厄介な病気になったり「適応障害」と呼ばれるものの原因となったりしているのではないでしょうか?
会社には様々な世代が働いているわけですが、ほめられることに目標を見い出すことができる世代もあれば、ほめられることが当たり前となった世代もある。そのことを会社が意識して対応しないとならないのですね。
いやはや、大変な世の中になったものです・・。
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